日本の農業について  今、思うこと

奈良大宮 
松 岡 嘉平治
 
 

 私の職業分類は、「農業」です。日本の国にとって「農業」がどれだけ大事なものであるか、また、ロータリアンとして社会奉仕を行う中で、「農業」についても十分考えていかなければいけないと思ったので、「農業」という職業分類を選択しました。生粋の農業人です。
 なぜ、私が「農業」に執着したか。1952年、昭和天皇が奈良県橿原神宮にサンフランシスコ平和条約の報告に訪問された時のこと。奈良県で選ばれた6人のうち、一番若かった私(32歳)が県の命令を受け、陛下に奈良県の農業の状況をご説明申し上げました。大変光栄に感じました。その時に陛下が最初に私に言われだことが、「日本の農業は日本の国の宝ですよ。どうぞがんばってください」。この二言で私は、「農業を職として奉仕していこう」と決意しました。このことが、私の「農業」の始まりです。
 私が48年に復員し、日本の土地を踏んだ時、国民は食糧不足で血眼になって食糧を探し求めておりましたが、わずか10年後には余るほどまでに米を生産するようになりました。1961年に新しく「農業基本法」が制定されたものの、60年に決定された「国民所得倍増計画」で国民の生活を豊かにしようと、多くの農家の労働力は自動車、電機産業にもっていかれました。しかし、日本を経済大国に押し上げたのは農村の原動力のおかげだと思っています。私は農業がいかに大事な職業であったか、農業が日本にとってどれだけ大きな責献をしてきたか、ということを申し上げたいのです。
 今、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)が話題になっております。世界の趨勢(すうせい)から考えると、当然これは加入しなくては、また協力しなければならないと思います。その代わりに、国にはここで農業政策を大きく変えてもらわなくてはなりません。もし今の状態でTPPに参加することになった場合には、大変なことが起こつてくるのではないかと思います。
 いろいろな製品を作って、外国に売ることも大切です。「あえて日本で食糧を作らなくてもいいんじゃないか」と言った大学の先生がいましたが、毎日食べる食糧の確保ということだけは、いつの時代にもやらねばならないと私は思っています。
 私はよくこのような話をしますが、やはり国の基は「農」です。昭和天皇に言われたあの一言がいまだに私の耳に残っています。「農業を守ってください」という一言。
 赤紙(召集令状)一枚で戦争に行って6年間ビルマ(現ミャンマー)の山の中で苦労した私も、農業のリーダーとして60数年間今日までやってきました。いつの間にか90歳。元気なうちはこのまま農業のリーダーとしてやっていきたいと考えています。(第2650地区 奈良県 農業)

 
ロータリーの友 2012年2月号より